素直になって




「皆、今宵は無礼講だ!派手なPartyにしようじゃねぇか!!」
「「「「Yeahーー!!」」」」
「乾杯!!」
「「「「かんぱ−−−い!!」」」」


政宗の音頭と共に、アチコチで酒を酌み交わす賑やかな音が広間に響く。

――今日は、今年初めてあった戦の戦勝祝いの宴であった。

奥州が待ち望んでいた歩の遅い春乙女は、同時に戦を伴って現れた。
突然国境を襲った、侵略の赤い炎。いくつか村を落とされ、必死の思いで駆け込んできた伝令に、政宗はそれを知ったのだ。
急いで軍をまとめて戦地に赴いたものの、状況は芳しくなく、苦戦を強いられた。
暦の上では春といっても、まだまだ雪の残る大地である。雪崩の危険性も高いこの時期に戦を仕掛けてくるとは思わず、対応が後手後手に回ってしまったのだ。

それでも、雪に慣れているのは伊達軍の方で、地の利があるのもこちらだった。軍師である小十郎を中心に軍略を練り、短期決戦にすべく部隊をいくつかに分け、四方からの不眠不休の波状攻撃でもって相手を休ませずに攻め続け、見事奥州から敵を退けたのである。

それから焼かれた村の復旧やら施しやら、急に城を空けたのでその間に溜まった政務やらを終わらせて、やっと今日の宴席にこぎつけたのであった。


政宗は酒に滅法弱く、もっぱら茶や白湯ばかりを飲んでいたが、この宴席独特の浮かれた空気が大好きだった。
元々ノリのいい伊達軍は、酒が入ると更にすごい有様になる。若く勢いのある兵が多いので、もう序盤からしっちゃかめっちゃかになる事も多い。
こういう戦勝祝いの宴の場合は、それが特に顕著に現れる。勝って嬉しいのも勿論だが、戦の疲れとそれに続く雑務の疲れが、酒を一気に頭に回してしまうのだ。


「・・・本日はまた、早う御座いますね、政宗様」
「ああ、どんだけ浮かれてんだあいつらは」


いつにも増して一瞬で乱れてしまった宴席に、政宗が楽しそうにククっと喉を鳴らす。
おーおー、もう脱いだぜ。今から踊ったら後からする事がなくなっちまうだろうになぁ。つーかもう千鳥足とか、どんな飲み方して・・・ぶっ、馬鹿だ、コケやがった。アレ絶対頭打ったぜ!

そう言って楽しそうにゲラゲラ笑っている政宗を微笑ましく見つめて、小十郎もまた手酌で酒を飲む。
喉を通って身体に染み渡る酒に、美味いな、と舌鼓を打った瞬間・・・少し、クラリと目の前が回った気がした。

(・・・そういえば、戦からしばらくまともに睡眠を取ってなかったな・・・)

戦中は軍略の要である為、そうそう寝ていられない。そして城に帰ってからも、雑務に追われて最低限しか眠っていなかった。

(今日は、これ以上飲まねぇほうがいいかもしれねえ・・・)

絶対に悪酔いしそうだ、と小十郎は自己判断を下した。
元々酒に強い事もあって滅多に酔うことはないが、政宗の傳役になってから十年、みっともないところは見せられぬと酔うまで飲んだ事がないため、今の自分が酔うとどうなるのか想像つかないので恐ろしい。

・・・右手に持っている徳利を振ると、チャプチャプと底の方で軽い音。

まあ、残り盃一杯あるかどうか・・・これを飲んだら政宗様と同じく茶でも飲んでいよう、と小十郎はその徳利を傾けた。


―――だが、その中身が盃へと注がれる前に、スルリと横から伸びてきた右手に徳利を奪われてしまう。


「Hey、小十郎。手酌酒とは寂しい事してんじゃねぇか。注いでやるよ」
「ま、政宗様・・・そのような勿体無い・・・」
「いいから、大人しく注がれてろ。今回の戦は、お前がいてこその勝利なんだからな」
「そんな、滅相も御座いません!政宗様が皆を先陣で引っ張って下さったからこその勝利に御座います」
「なら、それでいいからほら、ちったあ労わせろ。全く、頭が固ぇなあお前は」

ククク、と笑いながら徳利を傾けられて、慌ててそれを受け止める。
ありがとうございます、と頭を下げると、固い言葉はもういいからとっとと飲め、と笑われてしまった。
いくら固いと言われてもこれが性分なので仕方がないな、と自分でも苦笑しながら盃を傾ける。
・・・上質の酒が喉を通り、胃に収まって、カッと熱く燃えた。
先程の酒よりもずっと美味く感じるのは、やはり愛しい竜の手づから注がれた酒だからだろうか。

「Oh、いい飲みっぷりじゃねぇか。そういや、美味い酒があったんだ。――おい、持ってこい」
「ま、政宗様、そのような・・・」
「かまわねぇよ、お前の褒美にやろうと思って取り寄せといた酒なんだからな」

小姓に指図する政宗を止めようとするが、そう言われてしまうと強くは言えなくなってしまう。

・・・これは、「もう今日は飲みません」とは言えない状況になってきたな、と小十郎は内心諦めと共に覚悟を決めた。

自分を労ってくれようとしている主の好意を無碍にする事など自分の忠心に反するし、何より気分良く笑っているその笑顔を曇らせたりしたくない。

――不敵な笑みではなく、楽しそうな子供のような笑顔。それを向けてくれている今、自分の都合など横に置いて然るべきである。
とりあえず、小十郎の中ではそう決まっている。

「ほら、飲めよ小十郎。軍神殿のお墨付きだぜ?」

小姓に持ってこさせた酒を嬉しそうに差し出す主に微笑んで、小十郎も「それは楽しみで御座いますな」、とその美酒を恭しく受け取った。












――それからしばらく。

「おーい!ぼ・・・殿ー!こっちきてー!ねえねえー!!」
「Ah?なんだよ成実、うっせーぞ!・・・しゃーねえな。小十郎、ちっと向こう行ってくるぜ」
「はい、いってらっしゃいませ政宗様」

自分に注いでいた徳利を置いて歩いていく政宗の後姿を見送りながら、小十郎は気を抜くとグラリと傾ぐ自分の視界を保つのに必死になっていた。

(これは・・・マズイかもしれねえ・・・)

政宗の取り寄せたという酒は、軍神殿のお墨付きともあって非常に美味かった。しかもそれを付きっきりで、嬉しそうな笑みと共に酌をしてもらったのだ。
・・・そんなこんなでもう、美味いとか美味くないとかを超越してしまって、気が付くと長い時間したたかに飲んでしまっていた小十郎である。

グラグラと視線が揺れる。身体もかなりふわふわする。ジン、と痺れたような感覚が身体全体に広がっていて、感覚が少しおかしくなっているようないないような。重いような軽いような。だるい気もするが何だか笑い出してしまいたいような。

・・・いやいや、笑っちゃいかんだろう、とジンジンする眉間を指で押さえつける。

ダメだこれは酔ってる確実に酔ってる、と久しぶりすぎるこの感覚をどう処理するべきか回らない頭を必死で回転させてやるが、打開策が見つからない。
主がここに戻ってくるまでに何とかしなければ。
そう思ったその時。広間の中央辺りが、突然大きな歓声でわっと沸きかえった。

あまりに大きな声がするので、思わずそちらに目を向けてしまう。・・・すると何故か、政宗と成実が取っ組み合いをしている姿が目に飛び込んできた。
いや、取っ組み合いというよりは、子猫のじゃれあいというほうが正しいのかもしれない。どうやらお互いを擽り合っているようで、半分寝転がったような状態で上になったり下になったり、笑いながら大暴れしている。
周りの若い兵たちは無責任な声援を送りながら円陣になって二人を見ており、いい酒の肴になってしまっているようだ。


・・・響く政宗の笑い声。どたんばたんと暴れて折り重なって、真っ赤な顔で、笑って。息も荒くなっていて、目の端に涙が・・・ああ、いけませぬ。袴ではないのですから、そのように暴れられては襟元が乱れて胸元が・・・ああ、それよりもそんなに足を広げてはなりませぬ!裾が割れて貴方様の白くお美しいおみ足が皆の目に・・・!






「政宗様・・・!」
「Ah?・・・ッ!?」



いきなり背後から伸びてきた腕にきつくと抱きしめられて、政宗は一瞬わけがわからず固まってしまった。
・・・でも、知っている。この腕の感触と、それに先程の声は・・・


「こ、小十郎・・・?」


出来る限り自分たちの関係を隠したがっている忠臣の思いがけない行動に、政宗は思いっきり動揺してしまう。
これだけ人目のある場所で抱きしめてくるなど、頭の固い小十郎からしたらどう考えてもあり得ない。
・・・あり得なさすぎて、どう対処していいのかわからない。

そんな、動揺の余り固まって頭のグルグルしている政宗を腕に収めている当の小十郎は、そのまま腕の中の身体を自分の膝の上へと抱き上げてしまった。

おおお、と小さなどよめきが周りの兵たちから起こる。・・・普段隠したがっている小十郎には悪いが、最早伊達軍公認の二人なので、小十郎の行動に驚きこそすれ、その関係性に驚いた者など一人もいなかった。(可哀想な小十郎)


「政宗、さま・・・」
「お、おう!な、なんだ!?」


思わず声がひっくり返ってしまう。そんな悲しいほどに動揺の透けて見える自分の声を聞いて、政宗は落ち着け落ち着けと自分へ言い聞かせた。

・・・が、


「なりませぬ、政宗様・・・小十郎以外に、そのような乱れたお姿を見せるなど・・・」
「み、みだ・・・っ!?」


無駄に終わった。


「政宗様の艶やかな白い肌を拝見できるのも、乱れたお姿を腕に抱けるのも、この小十郎のみに許された僭越なれば・・・」
「ちょ、ちょっと待て、お、お前なんかすげえ事言って・・・!」
「我慢、なりませぬ・・・そのようにお着物を乱されて・・・」
「え、い、いやこれはそういう意味で乱れてるわけじゃ」
「政宗様・・・心よりお慕いしておりまする。小十郎には貴方様だけに御座います・・・」
「ッ!!」


おおおおお!!!・・・と、先程とは比べ物にならない大きなどよめきが起こる。
小十郎様ってああいうこと言うんだ!すげえかっけえ!さすが小十郎様だぜ男らしい!などと言いたい放題の周りの声など耳に入らぬ政宗は、もはや茹蛸状態だ。

・・・二人っきりの時であれば、それなりに艶っぽい言葉の応酬をして甘い空気に持っていけるのだが、今回は動揺に動揺を重ねた挙句に止めをくらった状態なので、完全に思考が停止している。


「・・・ちょっと梵、大丈夫?っていうか、こじゅ兄一体どうした・・・こじゅ兄?」


余りにも話が吹っ飛んだのでしばし呆然としていた成実だが、自分以上にひどい状態の政宗の姿に正気に戻ると、とりあえず二人に声を掛け・・・て、小十郎の様子がおかしい事に気が付いた。

もしや、これは・・・


「・・・言いたい放題言って、そのまま寝ちゃってるしこの人・・・!」
「・・・・・・え?Ah?寝てる?」


ようやく意識の動き出した政宗が、成実の言葉に慌てて後ろを振り返る。
・・・と、そこには・・・自分の首筋に鼻先を埋めて寝息を立てている、情人の顔。

――それがまた余りにも平和そうなものだから、政宗は一気に脱力してしまった。

「な、なんなんだよ一体・・・!」

寝てしまってもガッチリ抱きしめられている腕の中で、つい思いっきりぼやいてしまう。
なんなんだよお前は慌てた俺が馬鹿みてぇじゃねぇかこの馬鹿十郎が起きやがれ!などと言っていると、上から小さな笑い声が降ってきた。

「これはまた、大変でしたね殿。・・・殿は、景綱が酔ったところを見るのは初めてですかな?」
「Ha?よ、酔ってんのか?コイツが?」
「酔ってなければ出来ない行動だと思いますよ、あれは」


――確かに。


政宗と成実は、綱元の言葉に思いっきり納得してしまった。

・・・そこに考えが及ばなかったのは、今までどれだけ飲ませても飲ませても飲ませてもケロリとしていたからで、もう『小十郎は酒に酔わないもの』だと思い込んでしまっていたのだ。

「景綱は、酔いが回るとこうして糸が切れた様に眠ってしまうのですよ。・・・まあ、眠る前に少し動けるくらいに成長していたようですが、それが今回良かったのやら悪かったのやら」

ふふふ、と笑う綱元は完全に他人事で、それはもう楽しそうだ。自分たちを見るその眼差しがやたら微笑ましげで、居た堪れないったらない。

「さて、殿。どうなさいますか?景綱はこうなると殴ろうと蹴ろうと起きませんので、引き剥がして部屋に投げ込んだほうがよろしいと存じますが」

もうお開きにしてもいい刻限ですし、丁度いいかと。そう言って綱元は政宗の指示を仰いだが・・・政宗は、そこで頭を横に振った。

「とりあえず俺たちはこのままでいい。宴はお開きにして、潰れてる奴らは介抱して別室に連れてってやれ。で、ここを片付けたら近くに火鉢をいくつか持ってこい」

政宗のその言葉に、成実がパチリと目を瞬く。

「え、梵まさか朝までこのままでいる気?」
「悪いか」
「いや、悪いっていうか・・・それってどうなのかと思う」
「同感です。朝きっと大変ですよ、久しぶりに泥酔しましたからね」
「Ah、かまわねぇよ。こんな事もう二度となさそうだからな。堪能させてもらうぜ」

色々焦ったり驚いたり思考停止したりしたが・・・今政宗の胸には、じわじわと嬉しさが広がってきていた。
実は前からずっと、こうして皆の前で小十郎と抱き合ったりしてみたいと思っていたのだ。誰に憚る事もなく、堂々と、情人として接してみたいという願望を持ち続けていた政宗にとって、今回突然ではあったがそれが叶ったわけで。
みんなの前で愛の告白なんてしてもらっちゃったわけで。


――そうなると、少しでもその余韻を引き延ばしたいと思ってしまうのは、仕方ない事だろう。


綱元は御満悦な政宗にやれやれといった風に溜息をつくと、今回だけですよ、と温かいお茶を差し出した。

「ではとりあえず片付けて、火鉢を持ってこさせましょう。私と成実は指揮を取るので、御前失礼致します」
「えー!?オレも!?」
「当たり前だ。景綱の分はお前に働いてもらおう」
「えええー!?」

やだやだオレまだもうちょっと飲みたい!と駄々を捏ねる成実を引きずって、綱元が広間を出て行く。


・・・そして、幸せそうに小十郎の腕に収まっている政宗をそっと振り返ると、綱元は『さて、明日は頑張って下さいね殿』とひどく人の悪い楽しそうな笑みを浮かべたのだった。












そして、朝。

一応様子を見るために、成実がペタペタと広間に向かって廊下を歩いていた。
その道すがら、ふと昨夜の綱元の言葉を思い出す。

(頑張ってくださいね、って一体何を頑張るんだろ。まあ、あれは二日酔いとかにはなってそうだけどねー。行って倒れてたらどうしようかな、そのまま転がしておいていいかな。重いし)

そんな、ある意味ひどい事をほのぼの考えていると・・・何を頑張るのかが、ものすごくよくわかる叫び声が聞こえてきた。







後生で御座います政宗様!!どうか腹を切らせて下さい!!!!


馬鹿野郎!!許すわけねえだろうが!!!落ち着けっつってんだろ!!!!








「・・・・・・」

あー、これかー。これは確かに『頑張って』だなー。

響いてくる声に、成実は思わずニッコリ笑うと・・・徐に、今歩いてきた方向へと回れ右をした。


「うん、頑張れ梵!オレ先に朝飯食ってから加勢に行くね!」


腹が減っては戦は出来ぬって言うしね!・・・と、今まであの二人の痴話喧嘩に巻き込まれて酷い目に合っている成実は、綺麗な笑顔で空を見上げつつ足早に広間から遠ざかったのであった。







――それからしばらく、兵達から『この前の小十郎様かっこ良かったっス!』などと言われる度に死にたくなる小十郎がいましたとさ。
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瑠璃群青深縹のよりらんさらさまから相互記念に戴きました〜。
こじゅがもうもうもう可愛すぎますっ!!!!ありがとうございました!!(ミズキ)
(20100410)

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