その笑みは彼専用




その日の朝。
風来坊・前田慶次は、奥州で目を覚ました。要するになんだかんだで仲良くなった、伊達の城に遊びに来ていたのである。
「いい天気だねぇ……っと。兄さん達、こんな朝早くからどこいくんだい?」
いつものように夢吉を肩に、欠伸をしながら縁側に出てくれば、どこかに走っていく伊達の兵卒たち。声をかけると、最後尾を走っていた男が立ち止まった。
「片倉様が、道場で居合いの演武やってんすよ!」
それだけ言うと、再び走っていなくなる。慶次は顎を撫でつつ、面白そうな顔をした。
「竜の右目がねぇ」
兵卒達が大慌てで集まる辺り、右目が道場で演武をするのは、珍しい事なのかもしれない。ならば、こうしてせっかく奥州にいるのだから、見学しない手はない。
「よし、行ってみるか夢吉」
「キキッ!」
友の同意も得られたので、早速、身支度を簡単に整え、慶次は兵卒たちが走っていった方向へと足を向けた。


伊達の城の敷地内に建てられている道場には、すでに人が大勢集まって、中に入りきれずに外にも溢れている。ちょいとごめんよ、と人垣を掻き分けて中へともぐりこむと、果たして、道場の中は空気がぴんと張り詰めていた。
道場の中央、刀を前に座す小十郎が見える。見学している誰一人、声を発する者も無い。ややあって、静かな所作で一礼してから、小十郎が刀を手に取った。淀みない動きで腰に刀を差し、整える。右手を刀の鞘に置き、左手で刀をつかみ。刀を抜きながら、左足を踏み込んだ。ダン!と床を踏む音と共に抜き放った刀で一閃。そのまま上段に構えて前に切り込み、素早く刀を返して立ち上がる。血振りの動作を入れてから、静かに刀を納めた。一旦再び腰を下ろし、正座の状態から刀を鞘ごと両手で掴んで、刀の柄で突きを入れ、再び刀を抜き放ちながら立ち上がり、……。
動きにひとつの淀みも無く、滑らかで時に鋭く、時に優雅ですらある。演武であるから、実戦のような攻撃速度や臨機応変さは無いが、その所作の美しさは慶次にもわかる。
「見事なもんだなぁ」
場の空気を壊さぬよう、小さく小さく呟いた声には、そーだろう、と呑気な声が答えた。ん?と視線を横に回せば、そこにいたのは政宗だ。
「独眼竜。一般の兵卒に混じって見学?」
お殿様なら普通は、上座でふんぞり返って見学じゃないの、とは思ったが、このアバウトさが伊達軍らしくもある。
「小十郎が演武を見せるのはRareだからな」
「あ、やっぱり?」
やがて演武も終了し、小十郎が再び一礼した。張り詰めていた空気がようやく、ほっと緩んで、拍手が起こる。流石ですぜ!と声をかける者、汗を拭く手ぬぐいを持ち寄る者。はたまた先ほどまでの演武の感想を口にする者で、道場は一気に騒がしくなった。
額の汗を拭った小十郎が、ふと視線をこちらに回す。どうやら、政宗と、隣の慶次に気付いたらしい。
「政宗様。……と、前田の」
「相変わらずCoolだな、小十郎」
「いらしていたのですか」
政宗の声に、小十郎が小さく笑った。それはとても穏やかな顔で、何か睨まれてばかりいる気がする慶次としては、こんな顔もできるのかと思ってしまう。
「いいもの見せてもらったよ♪」
それは演武の事でもあり、今小十郎が見せた笑みの事でもあったが。
「てめぇに見せたわけじゃねぇんだがな」
「いいじゃないの、減るもんじゃないんだし!」
慶次の物言いに苦笑しつつ、小十郎は刀を部下に預けた。代わりに木刀を受け取る。
「今から、少し皆に稽古をつけようと思いますが。政宗様もいかがですか」
「いいねぇ。……と、アンタもやるか?」
「え、俺?いや別に」
「いいじゃねえか、減るもんじゃねえだろ」
そう言うと。政宗の意を汲んだ周りの兵卒たちが、ぐいぐいと慶次を道場の中へと押し込んだ。肩に乗っていた夢吉が、ぱっと飛び降りて今度は政宗の肩に駆け上る。
「おいおい、ちょっとぉ!」
慌てる慶次に、誰かが木刀を投げ渡す。うっかり受け取れば、道場の真ん中付近で、小十郎の前に立っている羽目になった。
「まいったなぁ」
「長刀でなくては扱いにくいか?」
慶次に有無を言わせず、小十郎が木刀を構える。正眼に構えたその姿に、まったく隙が見えなくて、慶次は困ったねと苦笑した。とりあえずは、期待されているようだし、と木刀を構える。本気の死合いでなければ、こういうのも嫌いではない。
「ちょっとだけにしてくれよ?」
俺、疲れるのやだからさ、と笑えば、小十郎も否やはないらしく、にやりと笑みを浮かべた。先ほど政宗に向けた微笑とは180度くらい性質が違う笑みだ。
「さっきみたいに笑ったほうがいいよ、右目の兄さん」
「あぁん?」
「余裕の笑みも皮肉な笑みも、カッコいいけどさ!」
言うなり。物凄く大雑把な構えから、いきなり袈裟に切りかかってくる。その大振りな木刀をバックステップで避け、逆に流れるような動きで切りかかった。間髪いれずに、二撃、三撃と矢継ぎ早の攻撃を繰り出す。
「と!わ、わ、おっと!」
「てめぇ。遊んでんのか」
カカッ、と木刀が当たる音が響く。飄々とした態度を崩さない慶次と、そのアクロバティックな動きに惑わされない、滑らかな小十郎の動き。両者タイプはまったく違うが、端から見ていて面白い仕合となっている。周りから飛ぶ声は小十郎を応援するものが多いが、たまにちらほらと慶次を応援する声も飛んだ。
やがて二人の額から汗が流れ、道場の畳にぽたりと落ちる。その頃になるとやや疲れが見え始め、不意に汗に滑ったのか、慶次が体勢を崩した。その隙を見逃す小十郎ではなく、その一瞬で慶次の持っていた木刀を叩き落す。
「そこまで!」
そこで政宗の制止の声が飛び、二人とも動きを止めた。
「いやー、やっぱ強いわ、右目の兄さん」
「てめぇもなかなかやるじゃねぇか」
「二人ともGood!なかなか面白い仕合だったな!」
手を叩きながら、政宗が二人に歩み寄る。二人の仕合は政宗を満足させたようで、楽しそうな笑みが浮かんでいた。そちらに視線を向けた途端。小十郎の視線もまた、柔らかなものになる。
「へぇ」
伊達の兵卒に木刀を返し、何事か喋っている竜とその右目を眺めつつ、慶次はなにやら満足そうな笑みを浮かべていたりした。なるほど、小十郎の柔らかな笑みは、政宗専用であるらしい。再び、政宗の肩から飛び降りた夢吉が、慶次の肩に戻ってくる。
「よし、じゃあ次は綱元とやれ!」
「政宗様。仕合ばかりしていたのでは、他の者の鍛錬になりませぬ」
「いいじゃねえかよ、減るもんじゃ」
「小十郎の体力は減りまする」
「Ah〜、じゃあ風来坊、アンタ」
「冗談っ、遠慮するって!」
「なんだ、つまんねーなぁ」


その後。木刀6本揃えさせた政宗が参戦し、道場は訓練どころで無い大騒ぎになるのだが、勿論、慶次も問答無用で巻き込まれたのは言うまでもない。
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MOON'S AQUA」皐月透さまより相互記念に戴きました!!うちのサイトにはない「カッコいい小十郎」をありがとうございます!!


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