さむいひのあさ




その日は、ものすごく寒かった。掻巻きに包まっていてもさっぱり暖かくならなくて、起床の時間よりだいぶ前なのに完全に目が覚めてしまった時宗丸は、白み始めた外の気配を感じながら、からだを起こした。
寒い。兎に角、寒い。火鉢の炭を熾そうかと思ったが、そこでふと、いい考えが浮かんだ。
「梵のとこなら、あったかいかも」
ひとつ年上の従兄は、時宗丸より寒がりだ。そんな彼を心配して、彼の傅役の男はいつも彼が快適に過ごせるように気を遣っている。
だから、こんな寒い日の朝は、早くから起きて、彼の部屋を暖めているに違いない。
「いっつも梵ばっか、狡いよねぇ――――っと」
時宗丸は羽織を引っ掛けると、裸足のまま廊下へ抜け出した。

さて、目的の部屋は果たして暖かかった。予想通り従兄の傅役である小十郎はきっちり身形も髪も整えてきっちり炭を熾してきっちり部屋を暖めていた。
が。
「―――――何してんの、梵」
がっくり落とした肩から、羽織が滑り落ちるかと思った。声を掛けた相手は振り向くと、綺麗な左目できろりと時宗丸を睨んだ。
「お前こそ、何だよ朝から。つかまだ早すぎだろ」
ぎゅうう。
目の前で、従兄は猫の仔のように、胡坐をかいた傅役の膝の上、その腕の中に収まり丸まっている。人前だというのに遠慮することなく、甘えるように彼にしがみつき、あまつさえ額をその胸にこすり付けたりなんかして。
なんなんだ、ソレ。呆れて見遣ると、同じく呆れているのかと思った小十郎は、同じくぎゅうと小さな主を抱き締める。
「梵天丸さま、まだ、お寒いですか」
「ん」
甲斐甲斐しく、近くにあった羽織が掛けられる。梵天丸は満足そうに目を細めた。
「えーと、寒いから、梵のとこあったかいかなー、って」
でも、とてもじゃないけど、ここで暖まる気にはなれなかった。――――なんですか朝からこのふたりは。
「てめぇの為に暖めてんじゃねぇけどな」
小十郎が低く言って、笑う。うん、そうだよね、いやそんなこと判ってます、とこころの裡で応える。
「いいねぇ梵は。俺も一緒に寝てたらあったかいのかもなぁ」
厭味をこめて言ったつもりだったが、梵天丸はあっさり、「じゃあ綱元んとこでも行けよ」と応える。
「小十郎は貸せねぇぞ」
「小十郎も御免被ります」
「俺だって勘弁してください」
三者三様に至って本気で(それぞれ微妙に本気のベクトルは違うのだが)言って、時宗丸は暖かい、それ以上に甘ったるい部屋をあとにした。

廊下に出ると、先ほどまで暖かい部屋にいたせいで、余計に寒く感じる。従兄に言われたからでもないのだが、此処からなら自分の部屋より、自分の傅役でもある綱元の部屋のほうが近いな、と成実は目的地を変更した。
その部屋の前まできて、こっそり襖を開けると、部屋の中の気配がふ、と動いて、かちり、と金属音がした。
「や、いや、ちがっ、俺だってば綱兄ぃ!」
その音が太刀を引き寄せたものだと気付いて、慌てて名乗る。「…時宗丸か」起き上がった綱元が胡乱気に此方を見遣る。
「どうした、こんな朝早く」
部屋はまだ寒い。綱元って結構朝遅いんだ、と時宗丸は意外に思った。小十郎が早すぎるのだという事実にはこのとき気付いていない。――――遅い、と言っても、普段の時宗丸よりはずっとずっと早く起きているのだが。
「え?いや、えーと、寒いなーなんて」
「…で?」
「えーと、」
さて何と言おう、と其処で面倒くさくなって、勝手に掻巻きを捲ってなかに滑り込む。
「あったけー…」
あーぬくぬく。漸く得た温もりに、時宗丸は機嫌よく呟いた。何やら言いたげにしていた綱元が、短い溜息をひとつ、ついた。
「……時宗丸さま、」
そういえば、寝起きの綱兄なんて初めて見たな、珍しいもん見たよなーとか暖かい布団の感触を楽しみながらほくそ笑んでいたら、いつもより少し低めの声で呼ばれた。
「夜這いというのは、夜に仕掛けるのが常套なのですが」
「は?」
よばい??今、思いっきり朝だし、俺そういうつもりじゃないんですけど??ただ単に寒いなー、梵は小十兄にあっためてもらっていいなーって思っただけで…
そんなことをぐるぐる考えていたら、いつの間にか綱元が上に覆いかぶさっていて、にっこり、笑われる。
ていうか今気付いたけど、綱兄敬語だ。ふたりのときは口調を崩す彼が敬語を遣う、というのは、―――――十中八九、怒っている、ときで。
手首を押さえつけられたところで、ぞくりと背筋を冷たいものが走った。
「まあ、朝日のなかのまぐわいというのも、刺激的で宜しいかもしれませんな」
口角を引き揚げたままで、綱元は静かにそう言った。

「ぼぼぼぼぼぼんー!!!!助けてぇぇぇ!!」
自室に転がり込んできた時宗丸を、相変わらず小十郎の腕の中に収まったまま、面倒くさそうに梵天丸は見遣る。
「なんだよ時宗、お前綱元んとこ行くんじゃなかったのか」
「つ…綱兄ぃんとこなんか、もう絶対行かねぇ!!っていうかマジで助けて!!どっか、隠れるとこ…」
「何を慌ててんだ、時宗丸」
物入れや文机の下に身を隠そうとする時宗丸を、小十郎が此方も面倒くさそうに見遣る。―――――勿論、梵天丸を抱き締めたままで。時宗丸は泣きそうに目を潤ませて、きっと其方を睨んだ。
「何なのその面倒くさそうな態度!!あのね、俺の一大事なんだよ?貞操の危機なんだってば!!」
「「はあ??」」
ふたりが面倒くさそうながらも、一応話しを聞く体勢をとろうとしたところで、襖の向うから、「失礼します」と声が掛かった。びくりと時宗丸の肩が揺れる。
「綱元か。入れよ」
梵天丸が応じると、すす、と静かに襖が開いた。いつもきちんと着物を着こなしている綱元にしては珍しく、夜着に羽織を掛けただけという出で立ちだ。
「早朝に、斯様な格好で、申し訳ありません、梵天丸さま」
「いいって。それよりどうしたんだよ?時宗が煩ぇんだけど」
襖が開いたせいで、少し冷気が入り込んだのか、梵天丸は小十郎の胸元に額を擦り付けるようにしながら訊ねる。小十郎は梵天丸に掛けていた羽織を、もういちど引きあげて掛けなおした。
「は、失礼いたしました。今、回収いたしますので」
「頼むな」
「ちょっと、梵!!さっきの俺の話聴いてた?ねえ聴いてたよねぇ??だから俺の貞操のき…うぐ」
遠慮なく襟首を掴んで時宗丸と吊り上げた綱元は、にっこり笑う。怪訝そうにそれを見上げて、梵天丸は訊いた。
「さっきから、時宗が訳わかんねぇこと言っててさ」
「はは、時宗丸さまは朝からお元気でいらっしゃって、是非とも綱元と床を共にしたいと」
小十郎が、そのことばにちょっと顔を上げて綱元を見たが、にやりと笑い返されて、…結局、何も言わずにただ、苦笑した。そんな年長組ふたりの遣り取りには気付かずに、梵天丸は大騒ぎしている時宗丸に言う。
「そりゃ、良かったじゃねぇか、時宗。お前寒いから誰かと一緒に寝たいっつってたんだし」
「ちが、いや違くないけど、そういう意味じゃなくて、」
吊り上げられた時宗丸を、呆れたようにひとつ目で見遣って、梵天丸は溜息をつく。折角、小十郎を部屋に引き込んで、たっぷり甘やかして貰おうと思っているのに、さっきから邪魔されてちょっと機嫌が悪い。
「綱元に否やはありませんが、いざとなると怖気づかれて…」
「恥ずかしいんだろ、こどもっぽくて」
あったかくていいぞ、と、ことさらに小十郎にぎゅううとしがみつけば、小十郎も背に回した腕に少し力をこめてくれて、梵天丸は笑みを深くした。
「やってみろって。絶対気持ちいいから」
「やってみろって…いや、だからね、梵、綱元の言うのはちょっと違―――――」
助けを求めて伸ばした手を、するり、綱元の案外綺麗な手に絡め取られて、時宗丸はぎょっと目を見開く。ふふ、と低い笑い声が聴こえた。
「ええ、気持ち良くしてさしあげますよ」
恐る恐る見上げた綱元は、ものすごく、怖い笑顔をしていて、…時宗丸は絶叫した。

大騒ぎしながらふたりが立ち去ったあと、「なあ、」と梵天丸は腕の中から小十郎を見上げる。
「綱元、なんか怒ってなかったか?」
「はあ、―――――そのようでしたな」
「何でだ?」
自分が小十郎にするように、時宗だって暖を取りに行っただけなのに。不思議に思って小首を傾げると、小十郎は苦笑しながら言った。
「…あいつは、意外と寒がりで、あと寝起きはもともとものすごく機嫌が悪いんです」
「そう、なのか?」
「ええ」
だから、多分この寒い中、早朝の時宗丸の来訪に、不機嫌のゲージが振り切れたに違いない。綱元のことをよく知る小十郎は、おそらく綱元がしたであろう、そしてこれから更にされるであろう嫌がらせを思って、時宗丸に「ご愁傷様」と言ってやりたい気持ちになった。
「小十郎、」
こころの中で、主の従弟殿に手を合わせていたら、また、呼ばれて、小十郎は腕の中に視線を落とす。
「はい、梵天丸さま、」
「床を共にすると、『ていそうのきき』なのか?」
「―――――…」
可愛い主には、出来れば純粋無垢なままで居てほしいという、ちょっと曲がった親心で接してきたせいで、梵天丸には先ほどの時宗丸の言った意味が判らなかったらしい。
「まあ、そういう輩も居るようですな」
自分のことは棚に上げ、小十郎は主の肩から落ちた羽織を直すふりをして、また、その細いからだを抱き締めた。


**********************
うちの時宗丸はちょっと耳年増w梵ちゃんは純粋培養。こじゅはむっつり。綱元は万年片思い。ことばにしちゃうとどーしようもないですねww
綱元が不機嫌なのは朝早いからとか寒いからとかってよりもこじゅと梵ちゃんのべたべたぶりに当てられたからです。つまり時宗丸はとばっちりですwwww
なんか本当どうしようもない軍ですみません。一応、『寒い日の夜』に続きます。

(20091230/ナガノ)

※ブラウザを閉じてお戻りください。