コトノハふわり。




他所の館の天井を、寝転んで見る、というのは、それだけで何だか落ち着かない気分になるものだ。
いや、只でさえ、今日は落ち着かない。
幸村は珍しく、溜息をついた。
こんな日は早く寝るに限る!と、用意された夜具に寝転んでみても、さっぱり寝付けない。これも彼にはとても珍しいことで、しばらくごろごろしていたが、どうにも眠れなさそうなことが判って、起き出した。

伊達と武田が同盟を結んで、初めての戦だった。
これまで、それなりに同道することはあっても、同じ陣幕の中ですごしたのは多分初めてのことで。
そうして、いろいろ衝撃的な経験がてんこ盛りだった訳で。

(政宗殿と片倉殿がそういう間柄だったとは・・・全く考えもしなかった・・・)
いや、別にだからと言って、彼らへの評価が変わる訳ではない。
ただ、・・・

・・・ただ、何だか、・・・落ち着かない。何故だろう。
旦那くらい悩みが無いのっていっそ清清しいよね、と良く佐助に言われる。自分でも、こんなに、もやもやとした晴れないものを胸の裡に抱えるのは、珍しいことだ。
落ち着かなくて、眠れない、なんて。

ぺたぺたぺた・・・

廊下を、誰かが歩いている。
その『誰か』は、どうやら此方に向かってきているようだ。
「佐助か・・・??いや、でも何だかこの足音は・・・」
裸足のような。
佐助が裸足で歩くという姿は想像出来ない。幸村とても、足袋を着けずに歩くことなど殆ど無い。
「こどもが歩く時分でも無いし・・・???」

ぺたぺたぺた・・・ぺたっ。

すぱーん!!と、それはそれは思い切り良く、遠慮の欠片も無く、廊下側の襖が開けられた。
一応客人であるはずの幸村用の部屋にそんなことをするのは、城中で唯ひとり。
「Hey!!真田幸村、起きてたか??」
「まままままま・・・政宗殿??!!」
驚いて引き気味の幸村には構わずに、ずかずかと室内に入り込んだ政宗は、手にした硝子瓶を揺らした。
ちゃぷん、と揺れる液体は、深い深い紅。
「外つ国では、葡萄で酒を作るんだとさ。良い色だろ??アンタ赤好きらしいしな!まあ付き合えよ」
「はあ???い、いやいや、某酒を呑みに来た訳では・・・!!」
「気にすんな!ここは俺の城だからなっ!つまり俺がRuleだ!You see??」
いや、気になり申す!!と言ったところで、呑む気満々で杯も準備してきたの目の前の人物には全く通じず。
結局、今日一日の注意力散漫の原因と、差し向かいで杯を交わすことになってしまった。

「アンタさ、今日何か調子悪いんじゃねぇか??・・・小十郎も気にしてた」
何杯目かの杯を開けた頃、政宗が幸村に問い掛ける。成程、この夜分の訪問はこのことを確認する為だったかと、幸村は合点がいった。
何だかんだ言って、気にしてくれていたのかと、ちょっと心が温ったが、・・・原因はほかならぬその問い掛けをした人物が作ったものなので、なんだか言い難い。
頑張って、当たり障りの無いことばを選ぶ。
「何でもござらぬ。少し勝手が違う故・・・次はこのような失態はいたさぬ!」
「そっか、ならいいんだけどよ」
目を細めて、笑う。笑うと、いつもの皮肉げで険のあるものとは違う、柔らかな表情が覗く。・・・コレは、もしかして機嫌がいいのか??それなら、
「政宗殿、お聞きしたいことが!」
そう、是非、聞いておきたいことがあった。どうやら自分だけが理解出来ていないらしいあのことばを。
「An??何だ急に」
ことばはぞんざいだが、目は怒っていない。というか、どうやら彼は酒に弱いらしく、ちょっとハイだ。これはものすごく珍しい状況らしい。
「えーと・・・おんぞ、ひきか・・・えーと・・・」
必死に記憶を辿る。さっき、陣幕の中で繰り広げられた会話劇。政宗は怪訝そうに幸村を見遣る。
「何だその呪文は」
「あー、思い出せぬ!!確か、えーと、おんぞひきかづき・・・ふし・・・??で、政宗殿が紫で、えーと、ぼくねんじんの源氏がどうとか・・・」
手繰り寄せたことばの羅列に、政宗の雰囲気が、明らかに変わった。・・・変わったというか・・・
「・・・真田幸村、ソレ、誰が言ってやがった・・・」
ちょっと、放電しそうな勢いだ。でも、幸村は気付かない。何しろ、『呪文』の解読に必死なので。
「えーと、確か、綱元殿とか申す御仁で。某が政宗殿と片倉殿の睦まじき姿に見慣れずに慌てていたときに、かたじけなくも冷茶を頂戴し、」
いやいや、そうじゃない、幸村が聞きたいのは、
「政宗殿は意外と乙女だから、何かあったら、えーと、おんぞ・・・なんとやら・・・で、人前で先刻のような睦みあいは出来ぬだろうと、」
「・・・!!!!!」
白く秀麗な頬に朱が挿す。
「・・・で、その、何やら呪文のような部分が判らなくて、・・・隣にいらした成実殿とかいう御仁も、紫がどうのとすぐ判られた様子だったので、伊達軍の中では周知のことなのかと思ったのでござるが、某には理解出来申さず、もし政宗殿がご存知ならば教えていただこうかと思った次第・・・政宗殿??」
幸村は目を丸くする。
そりゃそうだ、いつもとは全く別人の、それこそ昼間の幸村の如く真っ赤な顔の政宗なんて、見たことが無かったから。
「・・・っの、綱元・・・!!成も!!」
「ま、政宗・・・殿・・・??」
幸村はそこで漸く、政宗の怒りに気が付く。触ったらパチパチと音がして弾かれそうだ。
「誰が乙女だ!!誰が若紫だ!!誰が御衣ひきかづくかっ!!!つーか真田幸村!睦みあいって何だ睦みあいって!!」
意味違うだろう!とか真っ赤な顔のままで喚く政宗というのも珍しくて、ついつい、幸村はじーっと見入ってしまう。
そうして、喚き疲れてふっと息をついた政宗に、
「政宗殿は可愛らしいところがござるなぁ・・・」
と、真顔でものすごいことを言った。
「はあああぁ???葡萄酒呑んで頭沸いたか、真田幸村・・・」
呆れたを通り越して脱力気味に、政宗は幸村を見る。幸村は笑った。
そして、ぽん、と手を叩いた。
「・・・ああ、成程!」
ああ、そうか、と、幸村の中で、もやもやとしたものが晴れていく。
ふたりが触れ合うのを見て動揺したことも、『呪文』が判らなくて気になったことも、ああ、そうか。
「・・・判り申した!今日一日の某の不調の原因が!!!」
と宣言するものだから、政宗も勢い、「なんだ?」と聞かずにはいられない。・・・その後の幸村の発言を聞いた後には、そんな風に聞いてしまった自分を責めることになった訳だが・・・
「某、多分政宗殿に懸想していたので、それ故に片倉殿に嫉妬していたのでござるな!戦場での常の政宗殿と違う表情をさせる片倉殿が羨ましかったのでござる!!」
「け・・・懸想って・・・アンタちゃんと意味判ってんのか・・・??・・・しかも何だ『多分』て・・・」
それで万事得心が行き申した!!と総括して、脱力している政宗に膝で寄って、その手を、幸村は何の気負いも躊躇いも無く取った。慌てたのは、取られたほうで。
「ななな・・・!!!!!」
取った手を、幸村はぎゅうっと握る。
「聞けば政宗殿と片倉殿は何も無いとのこと!某、政宗殿を想う気持ちは誰にも負けない自信があり申す!!政宗殿が惚れてくれるような男になるよう、日々、精進を重ねる所存!!」
「・・・っ、No kidding!!!!!寝言は寝て言えっ!!つーかもう寝ろ!!!邪魔したなっ!」
「あ、」
折角取った手が、振り切られて、来たときよりも数段乱暴に襖を開けられて、

ぺたぺたぺた・・・・

裸足で走っていく、その足音が遠のく。唐突に、ひとり残された幸村は、振り切られた自分の手を見つめて、
「もうちょっと、ゆっくり話したかったでござる・・・」
しかも、結局『呪文』は判らず仕舞いだし。
まあいいや、今日はなんだか可愛らしい政宗殿も見られたし。次回!!と、何に対してか気合を入れる幸村だった。

・・・で。
「綱元と成のヤツ・・・明日になったら見てろよ・・・!!・・・で、何で、何でもないってバレてんだ??あんなにべたべたしてんのに・・・あーそれより真田幸村だっ!あいつ何訳判んねぇこと言い出して・・・」
夜具に包まりつつ、天井を見つめて自問自答を繰り返し、眠れぬ夜をすごすことになった筆頭が、いたとかいないとか。
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源氏が判んないだろうと実は綱元に馬鹿にされてたことに気付かない幸村を救済してみた話。
幸村は初心だけど思い込んだら結構押しまくると思う自分。とりあえず小←政で幸→政で実は佐→幸なんですよ。あーもやもや(笑
(20091001/ナガノ)

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