コトノハひらり




「Are you ready, Guys?」
聞きなれた声が、響く。
「Yeeeeeah!」
地を震わせる鬨の声。
それは戦場において、見慣れた光景で、最近同盟を結んだ武田の若き虎と忍隊の隊長も良く知っているものだった。
見慣れていなかったのはその次。青い陣羽織の彼は、左斜め後ろに控えている男に近づいて、
「俺を見失うなよ、My sweet honey」
意外と細い、白い指で、男の唇をなぞった。
そうして、見たこともない顔で笑った。それは、艶やかとしか言いようのない、顔で。
言われたほうは、いつもの低い声で、「承知」とひとこと。

戦闘前に見せられたそんな光景のせいでか、いや多分にその影響があったのだろう、赤い槍は実力の1割以下しか発揮できなかった。
主の初心なことを痛いほど知っている佐助は、さもありなん、と覚悟して出陣したので、充分フォローできたわけだが・・・
とりあえず、勝つことには勝った。勝鬨を聞きながら、戦闘とは別の心理的な疲れを引き摺って、幸村と佐助は帰陣する。

陣幕を潜ると、絶好調で戦場を駆け抜けた独眼竜こと伊達政宗と、その右目こと片倉小十郎はすでに戻っており、幸村と佐助を出迎えた。
このふたりがものすごく自然に一緒にいるのはいつものことなのだが、如何せん先程のアレコレが思い出されて何やら居た堪れない気持ちになる幸村と佐助だ。
そんなことはお構いなしの政宗は、
「どうした真田幸村。今日はTension上がってねえんじゃねぇか??」
そう言いながら、それほど不機嫌にも見えない。そりゃそうだ、自分は絶好調だったわけだし、と佐助はひとり納得するが、幸村は多分戦闘中ずーっと、例の光景が頭から離れなかったのは明白で、その当事者ふたりを目の前に、動揺を隠せない。
「猿飛。真田はどうしたんだ?確かに政宗さまの言うとおり、今日の真田は何だかキレが無い」
何だか、どころではなくキレが無いのだが、そこは多分佐助のフォローによりバレてない。と、信じたい。使えない奴等だとは思われたくない佐助である。
小十郎のことばはいつもより少し柔らかい。自分の主の好敵手が不調なのは、心配なのかもしれない。
「ソレを竜の旦那と右目の旦那が聞きますか」
おふたりの惚気のせいですとはさすがに面と向かって言えず、佐助は溜息をつく。
問われた幸村は思い切ったように顔を上げた。つまり今まではふたりを直視できずに俯いていたわけだ。

「某、先刻の政宗殿の南蛮語が理解出来申さず・・・いったいどういう意味でござるか???」
「あー旦那ソレあんまり聞かないほうが良いと思うよ多分」
出来る忍は意味はさておき空気は理解出来る。わかるでしょ、さっきのあの表情とか言った相手を考えたら、このひとの言いそうなことくらい。
そうして問われたほうは、そのことばを言った時とは大分違う表情で。
「An??先刻・・・???」
「片倉殿に言われていたであろう、えーと・・・埴輪がどうとか」
「埴輪??・・・あー、アレか、出陣前の」
「いや、旦那、聞いても旦那は使わないことばだと思うよ、うん」
というかあんまり聞きたくないんですけど・・・と言外に含んだ佐助をちらりと見遣り、政宗はにやりと笑う。これは明らかに、ヤバい。この空気は・・・
「あああ、絶対聞かないほうがいい!!うん絶対!俺様保障します!!!」
佐助の叫びは何処吹く風、幸村は手招きされて政宗に近づく。
「直訳すると、myは俺の、sweetは甘い、honeyは蜂蜜」
「俺の、甘い、蜂蜜・・・??でござるか?」
「政宗さま」
窘めるような低い声で言った小十郎に手を伸ばし、政宗はするりと首に抱きつく。幸村の目の前で。
「まあアンタに判りやすいように言うと、『俺の情人』ってコトだな。You see??」
「じょ・・・じょじょじょ・・・・・・・・・・・・・」
抱きつかれたほうは余り困ってもいないようだ。やれやれ、というような呆れた表情。
「政宗さま、御戯れもいい加減に・・・っておい!真田!!」
「旦那ぁ??!」
小十郎に抱きついたまま、ゆっくり振り向いて、色気というかなんというか、そういうものを盛大に含んだ視線で政宗は幸村を流し見る。自らの鎧と同じ色に顔を染めた幸村は、いつもの決まり文句「破廉恥でござるぅぅぅぅぅぅああ!!!」とも言えずに、撃沈。
「なんだ、お子様には刺激が強すぎたかぁ??」
ひっくり返って見た高い青空に、政宗の笑い声が吸い込まれていく。誰かが政宗を呼んだ。頭が混乱してそのまま動けない幸村を陣幕の中に残して、政宗と小十郎は出て行く。

それから暫くして、ようやく再起動したものの、まだ茹蛸状態の幸村に、竹筒に入った冷茶を差し入れてくれた人物がいた。竜の右目より年長の、物腰の柔らかそうな青年、・・・確か政宗が綱元、と呼んでいた。
「かっ・・・かたじけない!!」
受け取って、飲み干す。この熱さが少しでも内から冷めるといいと思ってるんだろうけど、と佐助は無用心な主人を見て胃が痛くなる。
同盟結んでるからってさ、他国の人間が差し出したものをすぐ口にしちゃうのはどうかと思うよ実際、とあとで言っておかなくちゃ、と思っていると、
「ほんとアンタ相手を疑わないのな〜。梵が言ってたとおりだわ」
綱元の後ろから顔を出したのは、政宗に似た面差しの青年で、
「成実殿、失礼だろう」
と、綱元に窘められる。そうそう、コレは確か伊達成実、と佐助は自分の頭の中で記憶を整理する。奥州筆頭に留まらず、いまや天下を望まんとする人物を幼名、しかも短縮形で呼べるほぼ唯一の人物。
隣の幸村は、冷茶のおかげか、件のふたりが居なくなったおかげか、すこし常の顔色に戻ったようだ。
「ま・・・政宗殿と片倉殿は、いつもあんな感じなのでござろうか」
竹筒を返しながら、幸村は問う。
「あんな??」
成実は不思議そうに幸村を見る。それから、竹筒を受け取った綱元を。見られた綱元のほうは、すこし笑った。
「伊達軍ではアレは日常でございますれば、見慣れておりますから」
見慣れてんの??ていうかアレ見慣れちゃうってどんな家風よ???とつっこみたい気持ちはあったのだが、
「何?何の話???」
本当に判っていないらしい成実を見れば、本当にアレは日常で、取り立ててつっこむ事柄でもないらしい。恐るべし伊達軍。
「政宗さまの景綱に対する態度だろう、公開惚気というか」
「あー、何だアレか」
「・・・本当に見慣れちゃってるんだ・・・」
つっこんでもしかたないのに、心の声が出てしまった。
「政宗殿は、かっ・・・片倉殿と、・・・その、・・・えーと」
幸村はといえば、せっかく元に戻りかけていた顔をまたしても赤くしながら、混乱した頭と少ない語彙をフル活用してなんとかことばを紡ごうとする。
それに助け舟を出しもせず、面白そうに見つめる綱元は、柔らかそうな外見とは違い、実は結構腹黒そう、と佐助は自分の頭の伊達家メモを更新しておく。
「その・・・あー、」
「アレは、梵が言ってるだけだと思うよ」
あっさり、成実が答える。こっちは意外と優しいのかも。
なあ?と同意を求められた綱元も首肯する。
「そうですね、おそらくは、というか、確実に。裏はないと思います」
ぽかーんとしている主に代わって、とりあえず佐助としては聞かずにはいられない。
「裏はないっていうのは、どこから判る訳??」
問われた綱元は、にっこり、というか、あっさりそんなことばでは片付けられない何やらそれこそ裏のありそうな笑顔で答える。
「我が主は、意外と乙女なところがございますれば」
「・・・は??」
「本当に何かあったら、多分人前でアレはやれません。それこそ『御衣ひきかづきて臥し』たまうでしょうね」
「それは困るよなあ、まあ小さいころから育てられてるって意味じゃ同じだけど」
梵が若紫なんて合わねぇよ、と笑う成実を、「成実殿が源氏物語を諳んじていらしたとは意外」と軽く馬鹿にしてから、綱元は幸村と佐助に向き直る。
「そんな訳で、アレを言っている間は、大丈夫、と踏んでおります」
途中から、会話がよく判らなくなってきた主にはあとで説明するとして、
「あの、一応確認したいんですけど、・・・大丈夫じゃなくなる可能性とかは」
そこは確認しとかないと。この公開惚気だけでも幸村のダメージは甚大なのに、アレ以上のものを見せ付けられては適わない。綱元は首を竦めて。
「さあそれは。ウチの源氏は朴念仁の根性無しですので、さしあたって今日明日に変化があるとも思えませんが、将来のことまでは保障しかねます」
「あ、そうなの・・・」
今日明日のことしか保障しないんだ、と肩を落とす佐助を尻目に、完全に話についていけなくなった幸村は、成実と槍談義に花を咲かせ始めた。
「佐助!成実殿が政宗殿から賜った秘蔵の槍を見せてくださるそうだぞ!」
「あーいや俺様槍には興味無いんで・・・迷惑かけない程度にお邪魔してきて」
では行って参る!とこどものように駆け出した幸村の背を見送って、はあぁと盛大に佐助は溜息をつく。だからね、一応同盟してるとはいえ、他国のね・・・と言ったところで多分判ってもらえない。それを見遣りながら、綱元が佐助の横に並ぶ。
「そんな感じです」
「そんな感じ??」
「言っても無駄だしなあ、と思って見逃しているうちに、こういう状況になった、ということですよ」
「あー成程」
それは判る。痛いほど。伊達軍の皆さんお疲れ様です、ホントに。
「我が主も」
今までと、声の調子が微かに変わったことに気が付いて、佐助は横に立つ綱元に視線を移す。
「・・・言っても無駄だということは、良くご存知なのです。無駄ならせめて、口に出して言ってしまいたい。どうせ伝わらないのなら、こころの裡に隠していたって仕方ない、外に出してしまいたい」
伝えたところで、決して受け入れられない。聡い彼には、そんなことは良く判っている筈。だから、ふざけたように口にする、ほんとうのきもち。
遠くを見ていた綱元が、こちらに向き直った。
「・・・・・・と、言うことで、武田の方々には申し訳ないが、アレに見慣れていただくようにお願いします。毎度のことですので」
にっこり。
「いや、同盟している間だけでもちょっと控えてもらえると嬉しいんですけどね・・・」
まあ。
言っても、無駄、ですよね。


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初っ端から捏造キャラ入り乱れててすみません・・・
ウチのふたりは取敢えず『出来上がってない設定』なので、外野が茶々入れてくれないと話が進まないもので。源氏物語は紫の君と新手枕を交わすくだりから。
一応幸村に気を遣って、判らないように説明してくれた訳です。そんなオトナ綱元をナガノは推してます(笑

(20090921/ナガノ)

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