あいうえお短文・さ行
さがしもの
ずっとずっと、さがしていた。
昼も夜も。春も夏も秋も冬も。ぐるぐる廻る世界のなかに置いてけぼりで、多分それだけを。
ずっとずっとずっと、さがしていた。
漸く、見つけて、でも。
ときどき、見失うんじゃないかと不安だ。
「部屋にいんじゃね?」
道場で成実に言われる。
「先刻は書庫で見かけたが」
廊下で綱元に言われる。
歩いて、ふわりとその香りに気付く。
ああ、多分、近い。
「小十郎?」
ちゃんと探し出せた。
俺をこの世界に繋ぎ止める、ただひとつの、
「政宗さま」
その、ひかりを。
しらないかお
ふと見上げると、知らない顔をしている彼と目が合う。
痛みを堪えるような、切ないような、嬉しいような、眩しいような。
そんな顔で見られたことなんか無い。
そんな顔で、いったい誰のことを、考えているんだろう。
じっと見ていたら、知らない顔で貴方が俺を見る。
驚いたような、傷ついたような、悔しいような、恥ずかしいような。
そんな顔をされたことが無い。
そんな顔で、いったい誰のことを、お考えですか。
「その、小十郎、」
「あの、政宗さま、」
同時に、お互いを呼び合って、
今、
自分の知らない顔で、何を、考えていたのかを、
聞きたくて、
聞けなくて、
多分、他愛のないやり取りで、今日も誤魔化す。
ずっとずっと
「なあなあ、教えろよ」
「こればかりは、ご容赦戴けませんか」
静かな闇のなか。ゆらめく小さなあかりだけがある部屋で、甘えたような声と、困惑したような抑えた低い声が、交互に繰り返される。
夜具の中で、乱れた着物を直してもらい、ごろごろしている独眼竜と、その脇で正座し、猫の子でもあやすように主の髪を梳くその右目は、先ほどから同じような問答を繰り返していた。
「だって気になるだろう、普通。俺はちゃんと答えたぞ」
「政宗さまは自主的に仰ったのですよ、」
そういうのは『答えた』とは申しません、と小十郎は言う。政宗は不満そうに口を尖らせた。
「いいじゃねぇか、細かいことは。で、いつからだ??」
「・・・ですから。お答えいたしかねます」
睦事の最中に、小さいときから、お前のことが好きだった、と政宗は言い、お前は?と聞いてきた。小十郎はことばに詰まり、とりあえずそのときは行為に集中し集中させることで誤魔化したのだが、終わって頭が判然してきた主は、その質問を繰り返した。
「何でだよ、別にいいだろ、それくらい教えてくれても」
「それくらいご存知なくても、困りませんでしょう」
「やだね!!一旦気になったら、なんかものすごく重要な気がしてきたんだよ!!」
「然程重要でもございませんよ。今、こうしているのですから、それで充分ではありませんか」
優しい声と、降ってきたくちづけに、一瞬絆されかけた・・・が、やっぱり、気になる。こどもっぽいとは思いつつ、食い下がる。
「・・・なあ、もしかして、お前俺のことあんまり好きじゃねぇんじゃねえか?」
「どこからそういう結論が出てくるんです・・・」
呆れて小十郎は主を見遣ったが、本人は至って真面目な顔だ。
「だ、だってよ、いつから好きかって聞かれて答えられないってことは、・・・今だって、」
そんなに好きじゃないんじゃないのか??そう続けようとして、さすがにそれを口に出すのは情けない気がして、黙り込んだ。
いつだって、小十郎を呼ぶのは自分だ。求めるのも、好きだと告げるのも。そこに思い至って、胸がきゅううと痛んだ。
政宗の髪を梳いていた小十郎の手が、止まった。主の様子が変わったのに気付いて、怪訝そうに覗き込んでくる。
「政宗さま??」
そうして、その隻眼に、悲しそうな、心配そうなひかりが揺れているのを見つけると、はぁ、と溜息をついた。
「・・・まったく・・・政宗さまは、この小十郎を困らせるのが、本当に、お得意だ」
「違うだろ!今困ってんのは俺だろうが!!だいたい、」
がばりと起き上がり、柳眉を上げて、政宗は抗議する、・・・しようとしたが、急に強く抱きしめられて、止まった。
「こじゅうろ・・・??」
「笑わずに、聞いてくださいますか?」
腕の中でこくりと頷くと、優しい声が、耳を擽った。
「はじめて、お会いしたときから、です」
驚いて、目を見開く。小十郎の胸を少し押して、その顔を見上げる。
「Hey、こじゅ・・・だって、初めてのときって、・・・俺多分まともにお前のこと見てないぞ?」
新しく来たという守り役を警戒して、襖越しに一瞬、ちらと目が合ったくらい、だった筈。政宗が見ていないのだから、小十郎だって自分の姿など殆ど見られなかったのではないか。そう言うと、小十郎は困ったように笑った。
「昔のことですから、ご無礼をお許し戴きたいのですが、・・・お目通りがかなう前に、お姿を拝見したことがございます。奥座敷の縁側で、八重桜を並べておられました」
確かに、そんなことをやっていた気がする。父が家臣たちのために開いた花見の宴の日。それに行ったという綱元が、八重桜の枝を持ってきてくれたのだ。病をしてから決して奥座敷から出ようとしない自分を気遣って。
勿論顔に出して喜んだり、礼を言ったりなんて出来なかったけれど、本当はものすごく嬉しかった。薄暗く、少し寒い奥座敷に、麗らかな春の陽射しが入り込んだような気すらした。ふわふわした、薄紅色のその花が美しくて、人目が無いときにこっそりと、並べてみたり散らしてみたり、飽きずに遊んでいた。
「桜の精かと思いました。美しくて、儚げで、・・・見惚れていて、姉に怒られましたよ」
「手引きしたのは喜多か」
ふん、と政宗は鼻を鳴らした。自分の知らないところで、勝手にそんなことが起こっていたのは面白くない。・・・面白くないが。
「・・・と、すると、その時俺は・・・九歳、か?」
「然様ですな」
「で、お前は十九」
「・・・」
にやり、と笑った政宗の、言わんとするところが察せられて、小十郎は眉間に皺を寄せ、視線を泳がせた。その、困ったような照れたような仕草を見て、政宗はからだの奥のほうから、温かな感情が湧き出てくるのを感じる。
でもそれを表面には出さずに、小十郎をからかった。
「いくらなんでも、十九の野郎が九つの幼子に懸想するのはどうかと思うぞ」
「・・・ですから、言いたくなかったんです」
目を逸らしたまま、小十郎は溜息をつく。
でも、それは嘘偽りの無い事実だ。『そんな惚けた顔を梵天丸さまの前でしたら承知しませんよ』と異父姉に言われるまで、見惚れていた。白い肌に、桜の薄紅が映えて、この世のものとは思えないほど、美しかった。湖水のように静まった、憂いのある目に、自分を、自分だけを写したい、と、強く強く、想った。
「ま、昔のことだからな。・・・でも、小十郎、」
「は、」
呼ばれて、腕の中の主に視線を戻すと、主は花が綻ぶように、笑った。
「九つから目付けてたんなら、・・・責任、取れよ?」
「・・・御意」
苦笑して、白い額にくちづけた。
せなか
廊下を歩いていくと、見慣れた背中を見つけた。小走りに近づいて、どん、と抱きつく。
「どうなさいました?」
小十郎は、立ち止まって、そう聞く。
「よく、振り向かずに判るな」
ぎゅうぎゅう抱きつくと、くすり、と笑われる。
「何年、こうやっていると思ってるんですか」
触れたときの温もりも、ふわりと鼻腔を擽るその香りも、湧き上がる温かいきもちも、何一つ変わらない。
人目があるときは、一旦抱きついたあとさりげなくかわされてしまうこともあるが、基本的に、この背中は政宗を拒まない。
「初めて、これをやろうとしたときは、緊張したんだぞ」
きっかけは、忘れてしまった。何かとても、些細なことだった、ような気がする。
ずっと他人を拒否し続けてきたから、甘え方が判らなくなっていた。
具合が悪いとき、怪我をしたとき、眠れないとき、ひとりのとき。そんなとき、どうしてる?と、ひとつ下の従弟にきいたら、「つなもとにあまえる」と即答された。
「ぼんも、こじゅにあまえたらいい」
どうやって??
判らなくて、自分の部屋に戻ってきたら、小十郎はそこで、習字の手本を書いていた。広い背中が見えて、何もかも受け止めてくれる気がして、・・・でも、拒否されたらどうしよう、と逡巡した。
今まで、自分が、周りを拒否し続けてきたのに。誰もかれもみんな、この、目の前の彼さえも。・・・なのに、自分は拒否されたくない、なんて、何て我侭なんだろう。
ああ、でも、そこはとても、あたたかそうだ。引き寄せられるように、手を伸ばして、一歩、踏み出して、・・・
「どうなさいました?」
抱きついた背中が、自分の為に動きを止めて、そしてそこから、優しい声がして、・・・うれしくてなみだがでるって、ほんとうだったんだ、と思った。
「本当は、成みたいに、正面から抱きつきたかったんだよなぁ・・・でも、あの頃小十郎は仏頂面だったからな」
「それは失礼をいたしました。・・・油断すると、惚けた顔をしている、とよく姉に叱責されておりましたので」
腹の前に回った主の手に、自分の手を重ねて、小十郎は笑う。そういえば、と思いついて、政宗は言う。
「でも、成って今は全然綱元に甘えないよな」
「綱元も、・・・昔は矢鱈と成実には甘かったんですがね」
よく、庭で泣いていた成実を抱き上げてあやしていた綱元を思い出して、小十郎も首を傾げた。
「親離れ子離れしたってことか?」
「さて、それは」
どうでしょう、と笑いを含んだ声がして、
「親離れ、なさりたいので?」
と聞いてきた。そう言いながら、重ねた手を解く気配は無い。政宗は笑った。
「俺はまだ、甘え足りねぇからな。お前こそ、そろそろ子離れしてぇんじゃねぇの?」
「そうですね」
「って、そこは否定するとこだろうがよ」
不満そうに呟いて、頭をぐりぐりおしつけてやると、重ねていた手が取られて、そのままその甲に、くちづけを落とされた。
「そろそろ大人になって、正面から来ていただけると、小十郎も嬉しいのですが」
背に懐いていてよかった、と思うくらい、自分の頬が熱くなるのを感じた。
そのわけを
※小梵
室内に、墨の香りが漂っている。梵天丸は姿勢良く文机に向かい、小筆を握っていた。
習字の時間。正直、この小さな主にはもう不要じゃないか、とその背を見ながら小十郎は思う。それくらい、梵天丸の字はこどものそれとは思えぬほどに流麗だ。
それが目に触れないところでの努力の結果であることも知っている。人前で必死に練習するのは梵天丸曰く「くーるじゃない」そうだ(最近この小さな主は異国語に興味を持ち、ときどき会話にそれを織り込んでくる)。
そんなことを考えながら、部屋にある書物を整理していると、梵天丸が振り向いた。
「ヘイ小十郎、これ、お前にやる」
今しがた書いていたものを、つい、と寄越した。受け取ると、まだ乾ききらないその字を目で追った。
少しの沈黙のあと、小十郎は梵天丸を見遣って、にこりとした。
「古今和歌集ですか。・・・梵天丸さまは相変わらず、美しい字を書かれますな」
「お、おう」
言われた梵天丸は、その笑顔からちょっと目を逸らして、そう答えた。
「巧く書けたから、プレゼント、だ」
「ありがとうございます。・・・では、小十郎はこれらを書庫に戻してまいりますので」
墨が乾いたのを確認してから小十郎はそれを丁寧に折り畳んで懐にしまい、整理していた書物のうち何冊かを抱えて、席を立った。
その背を不満そうに眺めていた梵天丸は、、足音が遠ざかってから、そのまま後ろに倒れこみ、大の字になる。
「・・・字じゃねぇっつーの、見るトコはよ」
天井を見詰めて、口を尖らせる。そのまま、がしがしと頭を掻いた。あいつは多分そのまんま、その字だけ受け取ったんだろうなと、思う。
そういえば、先日「同衾してくれ」と言ったら、真顔で普通に「小十郎とならば添い寝でございましょう」と苦笑しながら訂正されたのだった。そんなことも思い出されて、何だか悔しいきもちになる。
「あー、ちくしょー!!」
あいつ絶対判ってない!ていうか俺相手にされてない!!あーしかも字が巧く書けたからやる、なんてガキっぽいことしちまったし!!!
真っ赤な顔で、梵天丸はごろごろと暴れる。
書庫まで来て、人目の無いのを確認してから、小十郎はがっくりと膝をついた。
「・・・危なかった・・・」
その場で幸福の眩暈を起こしてぶっ倒れなかった自分を褒めてやりたい。まあ一瞬気が遠くなったが。
懐から、先ほど受け取ったものをそうっと取り出し、開く。
美しい字だ。・・・が、小十郎を驚かせたのは字では無く。
そこに書かれたものの意味を贈られたのではないだろうに、動揺した。ひた隠しにしている感情が見透かされたのかと思った。
あのかたは気付いていない。無邪気に笑ってすることが、どれだけ自分のこころをかき乱すかを。先日も急に「同衾してくれ」なんて言うから危なく鼻血を吹くところだった。
「『うつつにはさもこそあらめ夢にさへ人目をよくと見るがわびしさ』・・・」
静かに読むと、知らず耳が熱くなる。気分を落ち着けようと、小十郎は天井を振り仰ぐ。
あー、伝わらない。いや、伝わらないほうがいいのか?
別々の天井を睨みながら、ふたりはお互いに同じことを思った。
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今回は捏造キャラがあまり出なかったぞ♪(え?普通ですかww
(20091101/ナガノ)
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