あいうえお短文・な行
なかよしの、しるし(小梵+時宗丸・綱元)
「こじゅうろう、てをつないでやろう」
差し出された小さな手を見て、小十郎は困惑する。
「…どうか、なさいましたか」
ここは邸内の庭だ。歩き慣れた此処ならば、多少の段差があっても、手を繋がな
ければ危険だということは無い。
梵天丸を導くとき、手を取るのは必要最低限にするように意識していた。小十郎
には彼を転ばせたくない、という気持ちはものすごくある。何なら四六時中抱き
上げてやりたいくらい(多分ものすごく嫌がられるだろうけど)。
しかしそれでは、此れから一生独眼で生きていかなくてはならない梵天丸の感覚
は育たない。そんな小十郎の気持ちを察してか、梵天丸が今まで、自分から手を
繋げと言い出したことはなかった。
一向に手を取ろうとしない傅役に、梵天丸は軽く頬を膨らませた。
「こじゅうろうは、ぼんてんとてをつなぐのはいやなのか」
「は?いえ、滅相も無い、」
さて、何故急に主はこんなことを言い出したのだろう、と、小十郎は考えをめぐ
らせる。
出会った当初のように避けられたりはしなくなったとは言え、懐いているとまで
は言えないくらいの距離を保ち続けた梵天丸だ。いつも、危険だから手を、と提
案するのは小十郎のほうで、梵天丸は拒否こそしないが、どちらかと言うと迷惑
そうな、居心地の悪そうな顔ばかりしていたのに。
急に、「手を繋いでやろう」だなんて、いったいどういう風の吹き回しだろう。
ちょっと悩んでいるうちに、「もういい」と、梵天丸は身を翻してしまった。
そのまま、目的地である道場へと、すたすた歩いて行ってしまう。腑に落ちない
ながらも、その小さな背を小十郎は追いかけた。
道場の傍まで来たところで、「ぼーん!!」と元気な声が掛けられた。
「ときむねまる、」
梵天丸が手を振って応える。向うから、主の従弟でもある時宗丸が、傅役の綱元
とやってきた。
(―――――あ、)
小十郎は、挨拶をしようと彼らのほうを見て…気付いた。
慌てて主に駆け寄り、そっと、その手を取る。
「――――っ、こじゅうろう、」
主は驚いたように見上げてきた。応える代わりに、きゅっと、軽くその手を握る
。何か言いたげに梵天丸のくちびるが動いたところへ、綱元と時宗丸の声が重な
った。
「梵天丸さま、お早う御座います」
「ぼん、おはよ!!…あ!!」
手を繋いでやってきたふたりは、同じように手を繋いでいる小十郎と梵天丸を見
る。
「ぼんも、こじゅにぃとなかよしになったんだな!」
時宗丸が、嬉しそうに言う。「あ、いや、これは、」と梵天丸が言おうとするの
を、小十郎は遮った。
「御覧の通りで」
笑ってそう言って、ちらりと主を窺えば。
「―――――…」
彼は、真っ赤な顔をして俯いている。
そうかー、おれとつなにぃもなかよしこよしだけどな!とか言いながら笑って道
場に入って行く時宗丸と、軽く此方に一礼した綱元の背を見送ってから、ちょっ
と屈んで、小十郎は主と目線を合わせた。
きろり、と綺麗な青灰色の目が、睨んでくる。頬と眦が少し、赤い。
「梵天丸さま、」
「…おまえは、さっするのが、おそい」
「申し訳ありません」
てをつなぐのは、あぶないからだけじゃないぞ。そう言って口を尖らせた主に、
小十郎は苦笑して、もう一度、申し訳ありません、と謝罪した。
にわかあめ
ぽつり、ぽつり。
あ、雨だ、と思うが早いか、ぱさりと羽織が掛けられた。
「もう、間もなく着きますから」
隣を歩く小十郎が少し歩を早めながらそう言う。小さい頃から必ず、そうだ。外
で雨が振り出すと、この男は手持ちの何かを、政宗に掛けてくる。
「ガキじゃねぇんだぞ」
そう言ってはみるものの、彼の香りがする羽織を被っているのはそう悪い気分で
もない。布越しに、小十郎の声が聞こえた。
「小十郎の我侭ですから、被っていていて戴けませんか」
「何だよそれ」
ちょっと羽織を持ち上げて、隣を歩く小十郎を見上げる。
『我侭』の意味を問うと、少し困ったように眉を寄せて、…それから、内緒事で
も話すように、声を潜めて。
「貴方に降りかかるものが、雨でも血でも罪でも、――――運命でも、小十郎は
お護りしたいのです」
「…馬鹿か」
精一杯、呆れた声を出して、呆れた顔をした、つもりだったのに、小十郎は穏や
かに笑うばかりで。
「まあ、馬鹿ですな」
さあ、急ぎましょう、と手を取られた。
ぬけがけ(+綱元・成実)
八日月が綺麗な夜だった。主が酒肴を用意して、伊達三傑と後に呼ばれる三人が
、立て込んだ政務をそれぞれ片付けたあと訪れて呑み始めた。―――月が沈む頃
には、主はすうすうと安らかな寝息をたて、成実は大分酔いがまわっていた。
「だいたい、小十兄は狡ぃんだよ〜」
「珍しいな、成実が管を捲くのは」
こちらはいくら呑んでも顔色ひとつ変えない綱元が、面白そうに見遣る。槍玉に
あがった小十郎は、これもとても成実の倍以上の酒を腹に収めたとは思えぬ確り
とした足取りで、主に薄い上掛けを掛けると、首を傾げた。
「そうだな。いつも管を捲くのは政宗さまだからな」
「今日は政宗さまの代わりに成実なのかもしれん。厄介なもんだな」
年長組が顔を見合わせて笑っていると、成実は不満そうに口を尖らせた。
「はい其処!!普通に俺の話無視して会話しないでくれる??」
「ああ何だ、起きてたのか。寝言かと思った」
小十郎は座に戻って、手酌で自分の杯を満たすと、改めて成実を見た。
「で?何だって?」
「だーかーらー!!小十兄は狡いって話!!」
苦笑して、小十郎は綱元を見遣る。
「何のことだ?」
「さあな?」
そう応えながら、綱元は何やら思い当たるところがあるらしく、含み笑いをして
いる。
「酔っ払いに聞いてまともな答えが返ってくるとも思えねぇが…何の話だ、成実
」
「あーはいはいどうせ俺は酒弱いですよ!いや違う俺は普通よ?あんたたちが変
なんだからね?!――――ってそうじゃなくて!」
ぐいっと、手にあった杯を煽ると、成実はすこし赤い目で、小十郎を睨む。
「あのね!梵は俺が最初に目ぇ付けたんだからね!」
「あぁ??」
「くっ…」
何だ急に、と言いたげに呆れた声を出した小十郎と、予想通りのことばに思わず
笑った綱元に構わず、成実は勢いのまま言い募った。
「奥座敷にだって俺何度も忍び込んでさ、梵と仲良くしたかったのに、ある日い
きなり小十兄来たと思ったらあっさり梵のことおとしちゃってさ!大人げ無ぇん
だよガキ相手にさー!!」
「…はぁ…」
「八つで俺失恋よ?可哀想だと思わない??…ったくさー…」
かつん、と、杯が落ちて、成実の上体がぐらりと揺れた。同じことを政宗がやっ
たら小十郎が抱きとめるところだが、勿論成実相手にそういう趣向は用意されて
いないので、そのまま仰向けに、派手な音をたて床に沈む。
その一部始終を見ていた小十郎は短く溜息をつくと、静かに杯を重ねる綱元に首
を巡らせる。
「好き勝手言いやがって…おい、綱元知ってたか?」
「そりゃ、俺は一応時宗丸さまの傅役もやってたからな」
そうして、くつくつ笑う。
「なあ、景綱」
「何だよ」
「お前、狡いよな」
「は??」
今度は何だ?綱元のことばの意図が判らずに、小十郎は綱元の次のことばを待っ
た。口元に笑みを刻んだままで、それは続けられた。
「俺は生まれたときから目付けてたけどな。まさかお前に掻っ攫われるとは思わ
なかった」
酔余の冗談なのか本心なのか図れずに、小十郎は絶句した。
ねてもさめても
主を起こしに行くのは、昔から小十郎の朝の日課だ。
と言っても、独特の矜持の持ち主である政宗は、大抵、小十郎が声を掛けに行く
前にはもう目を覚ましている。ただ、声を掛けるまでは夜具の中でごろごろして
いるだけで。
だから。
(…珍しい…)
今日のように、幼い頃の面影を残す、安らかな寝顔を見ることは少ない。
口許に微かに笑みすら浮かべて、いったいどんな夢を見ているのだろう、と微笑
ましく見詰める。
が、幼いころならともかく、今はこの伊達家の頭領であるからして、寝顔が微笑
ましいなどという理由で朝寝をさせてはやれない。
「政宗さま、もうお起きいただかねば、朝議に差し支えます」
声を掛けながら、軽く肩を揺する。それに反応して、むずかるようにしながら政
宗はなにごとか呟いた。
それを聞いて、一瞬小十郎の動きが止まる。
そのうち、ぱちぱち、と、意外と長い睫が瞬き、彼のひとつきりの目が、ゆっく
り開いた。
「あー…、」
寝ぼけたような、ぼんやりした表情のまま、するり、とその手が伸ばされる。
「お目覚めですか」
その手が触れてくる寸前で小十郎が声を掛けると、政宗は手を止め、再び瞬きを
繰り返して、今度は確りとした目つきで、「…morning、」と応えた。
「もう朝かよ、」
そう言って思い切り伸びをしながら起き上がった政宗に、目を細めながら小十郎
は言う。
「珍しいですな、いつもなら声をお掛けする前に起きていらっしゃるのに」
「Ah…良い夢だったもんでな、つい寝過ごした」
満足そうににこりとした主につられて、笑う。
「それは、ようございました。何やら、お起こししたのが申し訳無いようなきも
ちになりますな」
Never mind、と軽く応じた政宗に、笑みを深くして、聞いてみた。
「どんな夢だか、お伺いしても宜しいですか?」
「…は?」
起床を促すその合間の、何気ないやりとりのつもりで続けたことばに返ってきた
反応が、あまりにも予想外のものだったので、小十郎は少し驚く。
―――何で、主はこんなに目を見開いて、顔を紅潮させて、何やら落ち着かない
様子になったのだろう。
ぷい、とそっぽを向いて、政宗は早口で言う。
「い…いや、駄目だ!絶っっ対言わねぇ!!」
「はあ??」
小十郎は首を傾げた。
「…良い夢、だったのですよね?」
「お、おう!!」
「何故それほどまでに拒まれるのか、小十郎には理解しかねるのですが…」
眉間の皺を深くして見詰めてきた小十郎のほうを見ないようにしながら、政宗は
こどものように口を尖らせて言った。
「え、…えーと、も、勿体無いだろ!」
「ああ、成程」
そう言われてみれば、…確かに、悪い夢なら他人に話して祓うというのがあった
ような。小十郎はひとり得心して頷く。
「では、悪い夢を見たら、お話しください」
笑って、小十郎は来たときと同じように、音も無く立ち上がり、部屋を辞した。
残された政宗は、Shit、と寝癖のついた頭を掻きながら、夜具の上で呟く。
「…お前の夢だ、なんて、言えるか…」
とても、堅物で理性のカタマリのような、元傅役には言えないような夢で。
しかも目が覚めたら目の前に彼が居て、夢の続きのような気がして、危なくくち
づけるところだったなんて。
――――絶対、言えない。
主の部屋から出てきて、廊下の角を曲がった小十郎は、深く皺を刻んだ眉間に手
を当てて瞑目した。
起きる寸前の政宗が、寝言で呼んでいたそれは、確かに己の名前だった。
(俺が出てきて、…あんなに真っ赤になって、言えない夢って何なんだ)
まさか、まさか、…いや、そんな自分にだけ都合の良い展開がある筈無い。ぶん
ぶんと頭を横に振り、深く溜息をついた。
のらりくらりと(+綱元)
朝。
「Goodmorning、こじゅ、今日という今日は覚悟を決めたぜ!」
「それはようございました。それではこちらの書状を検めていただきたく。それ
から、こちらは御返事を書いていただく分になります」
昼。
「こじゅーろー、仕事終わったぜ!なあなあ、あのな、」
「あ、小十郎はこれから畑に参りますので、…急ぎの用件でなければ後ほどうか
がいますが?」
夜。
「今宵小十郎は城下の寄り合いに呼ばれておりますので不在にいたしますが、身
の回りのことは小姓にお申し付けください。綱元は小十郎と共に参りますので、
何か不都合なことがありましたら、成実にでもお申し付け戴けますか」
「…お、おう…」
ぱたり、と主の部屋の襖を閉めて歩きだすと、前方から笑いを含んだ声がした。
「…景綱、お前、ちょっとあからさま過ぎないか?」
「綱元、」
いつもは凛々しい眉を少し下げた小十郎を認めると、綱元は吹き出した。
「いつまでそんな風にかわしていられるか、見物だな」
「ひとごとだと思って…」
「まあ、ひとごとだからな」
隣を歩きながら、綱元は声を出して笑う。
「せめて、『愛の告白』くらいは受けてやったらどうだ?」
それが出来たら苦労しないだろ、と小十郎は肩を竦めた。
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な行終了!思いつきではじめたあいうえおがこんなに続くとは(笑
な行のふたりはくっつく前設定で。個人的には『ぬ』が好きです。結局綱元かよ
!!(苦笑)ああもやもや楽しい。
(20100512/ナガノ)
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