召しませバニラ




夜半に、漸く執務室から引き揚げ、自室に戻ってきた小十郎は、障子を開けたところで違和感を感じて、闇に目を凝らす。
「・・・??」
微かに、香りがする。何処かで嗅いだことのある香りだ。
(いったい、何処で、)
と記憶を辿ろうとしていて、・・・気付いた。部屋の中から、静かな寝息が聞こえることに。
小十郎の部屋に勝手に入り込んで、その上勝手に夜具にまで入り込むような人物は、この伊達家中にたったひとり。
「政宗さま、」
(そうだ、これは、確か、・・・政宗さまが作ったことのある、しゅーくりいむとやらの香りだ)
近づいてみると、それはどうやら彼自身から香るようだった。静かにその枕元に座り、そっと髪を梳く。むずかるように首を竦めて、何やらむにゃむにゃ言うところを見ると、本当に眠っているらしい。
(まったくこのひとは・・・何を考えてやがんだか)
溜息をつきながら、その寝顔を見詰める。
相変わらず、触れようとすると、一定ラインで制止してくる。そのくせ、自分の部屋まできてこんな風に無防備に寝入ったりして、いったいこれは何の試練なんだ、と思わずにはいられない。
髪を梳く手で、更に触れようかどうしようか、迷う。
これは自分が無体を強いたりしないと信じ込んでやっているのか。
それとも自分が箍をはずすのを待っているのか。
ほかの相手なら、どうとでも出来るが、目の前の彼は、小十郎にとって、唯一無二の、愛しい存在なのだ。
だから、逡巡してしまう。この手を、引っ込めるか、否か。
小十郎は瞑目し、眉間に手を当てた。

「ですから、単に小十郎の部屋で眠りたくていらしているのか、それとも別の目的があっていらしているのか、書き置きでもなさってくださいませんと、小十郎も判断に困ります」
次の朝。起き抜けに、「何で手出してこねぇんだよ!」と愛しいひとから言われて、小十郎は寝不足の頭を振りながら答えた。
「べ、別の目的って、・・・お前、俺がこんなに準備万端で待ってやってるってのに、ちょっとは察しろよな!!」
「待ってたって、政宗さま、熟睡なさっていらしたじゃないですか・・・」
だいたい来るのが遅すぎなんだよ!このWorkaholic!!!馬鹿こじゅ!!と、真っ赤な顔で喚いて、ばたばたと自室へ戻っていくその背を見ながら、小十郎はふかーくふかーーーーーーく溜息をついた。
「いったい何処で察すればよかったんだ・・・??」
そして、息を吸い込んで、気付いた、甘い香り。

「・・・あ、」
コレか。
・・・判りにくいな、と思いながら、小十郎は苦笑した。 **********************

(20100224/ナガノ)

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