あいうえお短文・か行




かくれおに

※小梵・捏造時宗丸注意

自分にはかくれ鬼の才能が欠如しているのではないだろうか、そう思って梵天丸は小さくため息をついた。
今も物入れの中で小さく丸まって息を殺していた。遠くから足音が近づいてくるのが聞こえる。梵天丸の心臓がばくばくと音を立てた。

「…梵天丸さま、見つけましたぞ」

頭上から光と共に聞きなれた声が降ってきて梵天丸は顔を上げた。見上げた先には自分の守役の笑顔。
梵天丸はのろのろと物入れから立ち上がった。
「…時宗丸は?」
「どこに行ったのやら見当がつきませぬ」
自分に才能がないのか、時宗丸が天才なのか。梵天丸はひとつ頭を振ると守役の差し出した手に掴まった。

遠くで自分を呼ぶ聞きなれた声がする。政宗はみつからないようにさらに体をちいさく丸めた。
政宗は絶賛政務から逃亡中であった。このまま追っ手(主に小十郎だが)を振りきって息抜きに行きたい。声が近づいてくる。
政宗のささやかな願いは光と共に打ち砕かれた。努めて平静に政宗は声をかけた。
「…よぅ、小十郎」
「政宗さま…またこのようなことをして…さぁ戻りましょう」
怒りを通り越して呆れた表情の小十郎が手を差し出してくる。政宗もしぶしぶ手を伸ばすと、相手に触れる前に手首をがっちりと掴まれた。
「…まったく、もう半刻も真面目にやっていただければ今日の政務も片付きましょう。幼子のようにかくれ鬼など…」
言って後ろに居るはずの政宗を小十郎が見やると、彼の主は話も聞かずに何か考え事をしているようだった。
「政宗さま?聞いておいでか?」
「…納得いかねェ」
「は?」
「昔からそうだ。俺が逃げてお前が鬼のかくれ鬼で逃げ切れたためしがねぇ…!」
言った瞬間小十郎が困ったような表情になった。
「…小十郎が政宗さまを見つけられる理由があるんですが」
「教えろ!」
「…お教えしたら逃げ切られてしまうでしょう?」
それでは皆が困りますと小十郎が付け加えると政宗は不満そうに舌打ちした。
「…昔から気になってるんだ…成が…いや時宗丸が見つからないのに何で俺だけ…」
少し俯いて小さな声でぽつぽつと言われる姿に、出会った頃の小さな主の姿が重なった。
「……仕方ありませんな…今回だけはお教えします」
小十郎の言葉に政宗は顔をあげた。
「…香りですよ、残り香とか」
政宗は吃驚したような顔をしたあと何故か真っ赤になった。
「…それは成実だって…」と小さな声でつぶやいた。
そしてまた俯いてしまう。耳まで真っ赤になっていた。


その後も政宗は懲りもせず何度も逃亡した。しかし律儀に香を焚き染めた着物のまま逃げるので未だ小十郎から逃げ切れないでいるのだった。


ぎゃっぷ

姿勢良く座り、筆に墨をふくませる。紙の上を滑らせるように動かすと、普段の彼からは想像できないような綺麗な文字が並んだ。

「その字真田の旦那がいっつも見惚れているよ〜」
いつものように天井裏からくるりと降り立った佐助が言うと政宗は興味無さそうにふうんとあいづちをうった(振り向きもせずに!)。
余程集中しているのかそれきり黙ってしまうと部屋は筆と紙が立てる音だけが支配した。
その静けさを壊さないように佐助も音を立てずに座った。

「…My work is now complete!!」
佐助には意味不明の南蛮語で小さく叫びながら最後の文の花押を綺麗に書き上げて、ようやく政宗は佐助に向き直った。
「…で、なんの用だ?」
「静かに待ってたのにその言い方はあんまりじゃないのさー、竜の旦那…。まぁ、今日は真田の旦那のお使いってね!」
はい、と差し出された書状を政宗は受けとると呟いた。
「…ah〜相変わらずな字だな…勢いは悪くねェが…」
「そういえば、さっきも言ったけど、竜の旦那っていちいち意外だよね。字も綺麗だし?」
「アァン?失礼な猿だな、テメェ」
「戦場のあの姿からは想像つかないっていうか」
はじめてその字を目にしたとき佐助も驚いたが、彼の主人の驚きようは思わず笑
ってしまった。普段から大きめな瞳が落っこちそうなくらい見開かれて一言「…意外だ」と呟いたのを佐助は聞き逃さなかった。

「それにさ〜意外と普段は静かだよね」
幸村からの書状を眺めていた政宗はあきれた顔をして佐助を見つめた。
「…常時あのtensionでやってられっかよ…。幸村だって戦場ではあんなだけど普段は静かなんだろ?」
「ううん、あのまま」
「……」
「だから竜の旦那っていちいち意外だって言ったでしょ?」
「…でも小十郎はそのgapがいいって言うからな〜…」
「ぎゃっぷ?」
「ah〜『落差』?」
「ああ、成程」
あれ?俺様何しに来たんだっけ?そんなのろけはいいから早く返事を書いてくれないかなと佐助は思った。
政宗は持ち上げたままになっていた書状に再び視線を落とした。


くすり

※小梵

右目の傷は未だ癒えず、梵天丸の微熱も未だ下がらない。

「さ、朝の分の薬でございまする。お飲み下さい」
梵天丸はしかめつらしく湯のみをみつめ決意したように呟いた。
「…しかたない…早く治すためだものな…」
そう言って梵天丸は薬湯の入った湯のみをいきおい良く掴むとそのまま一気にあおった。

…そしてむせた。

「そのようにいきおい良く飲むからですよ…」
「こじゅはっ…知らないだろうがっ…この薬すごっ……苦…」
なにもむせながら喋らなくても思いながら小十郎は幼い主君の背を優しく撫でてやった。
「苦いのは存じておりますよ。小十郎も飲んだことがありますゆえ」
しれっと答えると、ようやく咳がおさまった梵天丸が肩越しににらんでくる。
涙にうるんだ眼でにらまれても迫力に欠けたが、それでも先日までの暗い内向的な性格が改善されつつあるようで、残された左眼には力強い光が宿って来たようだ。
「梵天丸さまはお偉いですな」
きちんと薬をお飲みになって、と小十郎が笑うと梵天丸も笑顔になった。
「もっと誉めても良いのだぞ…そうしたら袂の菓子もいらぬ!」
強がる主の姿に小十郎の笑みが苦笑に変わった。


けんか

※小梵

きっかけは些細な事、だった気がする。
最後には手元にあった書物を投げつけ「でていけ!」と一言。
一度自分が退出した方が頭も冷えるだろうと逃げるように部屋を出てきてしまっ
た。
今頃幼い主はあの広い座敷でどうしているだろうか。
自分を追い出してせいせいしているだろうか。
小十郎にはそうは思えなかった。

きっと部屋の隅で小さくなって蹲っているに違いない。
その姿を想像して小十郎は小さく溜め息をついた。

ごめんなさい

※小梵

他人からみれば些細なきっかけだったかもしれない。でも許せなかった。
あの守役が「梵天丸様をお守りして命を落とす時が来たとしても、それが小十郎の役目ですから」
などと言って笑うのだ。
梵天丸は彼のことがとても大事で、そんなこと言って欲しくないというのをどうしても上手く言えなかった。
そんな自分に腹がたって手近にあったものを投げつけた。
小十郎がうまくかわしてくれたのでさらに自己嫌悪にならずに済んだが、口をついて出てきたのは先ほどの想いとは真逆のもの。

「出ていけ!」

小十郎は頭を下げると静かに部屋を出ていった。

小十郎の足音が遠ざかっていくのを聞きながら梵天丸は悔しくて唇を噛んだ。
一つきり残っている左目から涙がぽろりと頬を伝った。
いくら大事に想っていてもこんなことが続けば小十郎だって自分に愛想をつかすだろう、などと考えていたら涙が止まらなくなった。
こんな顔を見られるのは梵天丸の誇りがゆるさなかった。
謝罪の文でも残してどこかに隠れることにしようと決心する。
せめて目のまわりの朱色が落ち着くまで見つからないようにしなくては。
謝罪の文を書こうと文机に出しっぱなしになっていた筆に墨を含ませて紙の上を滑らせる。すらすらと書けたのは宛名だけでその後に続く言葉が出てこない。
ああでもないこうでもないと悩みに悩んでなんとか文章を書き上げたが、読み直すといたたまれなくなって書き上げたばかりの文の上を塗りつぶした。
そろそろあの心配性の守役が自分の様子を見に戻ってくるだろう。機嫌をとるための菓子か何かを袂に忍ばせて。
文は書き上がらなかったがとにかくこの顔を見られるわけにはいかないので取り敢えず部屋をを脱け出すことにする。梵天丸はそっと襖を開けて辺りをうかがった。

「梵天丸さま」
襖の前から声をかけたが応えはなかった。
そっと襖を開けると幼い主の姿はそこにはなく、文机に残された宛名以外塗りつぶされた文だけが小十郎を迎えた。
文は陽に透かせば恐らく内容を読むことができるだろうが小十郎はそうしなかった。きっと謝罪の言葉が並んでいるのだろうから。

それよりも主を見つけるのが先だ。

手掛かりの残り香が風にさらわれてしまう前に。



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一応みんななんとなくリンクするつもりで書いてみましたがどうでしょうか…?しみじみ難産でした…。
(20091024/ミズキ)

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