あいうえお短文・あ行




あした、また

「今日は此処までにいたしましょう」
そういわれるのが、キライだ。
「陽も落ちましたし・・・暗い中では、書を読むのも疲れます故」
そう言って、広げていた書物を手際よく片付け、文机の脇に寄せる。
「明日、また参ります」

ひとりになってしまう。

ずーっとひるならいいのに。
ずーっと、ずーっと。

よるなんてキライだ。
たんれんもできないし、ほんもよめない。

・・・こじゅうろうがいない。

はやく、はやく、よるがあければいい。

あした、また。
ふたりで、すごそう。


いちばんさきに

※小梵

いつもより早く目が覚めた。
しん、と静まった、夜明け前。
いつもと同じような、でも、いつもと少し違う気がする、静寂。

たてていた戸板をそうっと開けて、納得する。
「ああ、」
まだ暗い空から、白く、降り積もるもの。

ああ、いちばんさきに、おしえたい。
梵天丸は、廊下を静かに走り出した。



いつもの時間に目を覚ました。
日中出来ない、自分の修練は、夜梵天丸を寝かしつけた後と、それから夜明け前のこの時間から、梵天丸を起こす前までにする。
「・・・?」
いつもの時間、いつもの朝。
・・・何かが違う。
静けさの中、何かが、音もなく、
「・・・あ」
戸板をずらして、そこに見えた光景に、口元が綻ぶ。

北国に住む人間にとって、雪は決して、美しいだけのものではない。
でも、その年初めての雪だけは、理屈ぬきで、ただ、美しい、と思う。
音もなく、静かに、なのに、その気配だけがする、雪の朝。

ふと、物音を聞いた気がして、振り向くと、
「・・・梵天丸さま?!」
此処に居るはずのない人物を見つけて、思わず声が上擦る。
「せっかく、こじゅうろうにいちばんにおしえてやろうとおもったのにな」
口を尖らせて、そう言う。
「そんな格好で出歩かれてはお風邪を召します。お部屋に、」
着ていた羽織の袖を抜き、それを着せかけながら言うと、
「こじゅうろう、」
小さな主は、不満そうに見上げてきた。
「おれは、おまえに、いちばんさきに、おしえにきたんだぞ」
なにか、いいわすれてないか?
「・・・ありがとうございます」
微笑んで、細い肩を、包み込むように抱きしめる。漸く笑顔になった主に、小十郎は笑みを深くする。

(俺も、貴方にいちばんに、教えようと思ったんですがね)


うそを、ついていました

嘘を、吐いていました。
まだ幼い貴方に、貴方に対してこれ迄嘘など言ったことが無いし、これからも言いません、と、誓ったのに。

俺は、貴方に、嘘を、吐いていました。

永らく。
多分初めてあったときから。

近く遠く、貴方を感じながら、
護るということばで貴方を束縛しながら、
右目という存在理由に縋り付きながら、

俺は、貴方に、ひとつの、嘘を、吐いていました。

けして貴方に気取られてはならないと、雁字搦めになりながら、
いつか貴方が気づくことがあるようにと、密やかに願いながら、


俺は、貴方に、


嘘を、吐いて、いました。




えらんだのは、そのひと

※綱元・時宗丸

庭で、こっそり泣いていたのに、目敏い守り役には、あっさり見つかってしまった。
「時宗丸さま、お姿が見えないと思っていたら・・・いったいどうなさったんです」
そうして、そのまま、抱き上げられる。顔を覗き込まれると、何故だか涙が止まらなくなってきた。
「・・・っ、ぼん、の、ところに、いったら」
「また奥座敷にいらしていたんですか」
邸内のいちばん奥まったところには、嫡男の梵天丸が、住んでいる奥座敷がある。立ち入ることは禁忌だったが、時宗丸がときどき、忍び込んでいるのを、守り役である綱元は黙認している。
「しらない、ひとがいた」
「ああ・・・」
涙を大きな手で拭ってやりながら、優しく、言う。
「お伝えしておりませんでしたね。アレはこの綱元の・・・血の繋がらない弟でございまして、片倉小十郎景綱、と申します。先日から、梵天丸さまの守り役として、こちらに参りました」
怖い顔をしておりましたでしょう?と言うと、時宗丸は、ふるふる、と微かに首を振った。
「・・・じゃ、なくて」
「おや、違いましたか」
「ぼん、が・・・っ」
しゃくりあげてしまって、うまくことばが出てこない。そんな時宗丸を、綱元は決して急かさない。ただ、抱き上げた手とは逆の手で、ゆっくりと、背を撫でる。
「ぼん、わらってた・・・」
そこまで言うと、堪えられなくなって、声を上げて泣き出した。
「時宗丸さま、・・・」
「ぼんは・・・っ、ぼんのことは、ときむねまるが、・・・うぇっ・・・うー・・・」
涙を自分で拭おうとした時宗丸が、動いた拍子に、その袂から、薄紙にくるまれたものが落ち、そこから何かが散らばった。
「・・・あ、」
零れたのは、、色とりどりの、金平糖。優しい声とともに、温かい手が、ぽんぽん、と頭を撫でる。
「・・・そのお気持ち、きっと、梵天丸さまには、伝わっておりますよ」
でも。
ぼんがえらんだのは、おれじゃなかった。
涙で、星のような金平糖が、まあるく滲んで見えた。


おれのすべて

※綱元

そのひとのことを、うまれたときから知っていた。
初めて見たのは、お披露目の宴で、異母姉に抱かれていた姿。
白い産着の中の、小さな、ちいさなからだ。
夜の湖水のような、きれいな目をしていた。
溢れるひかりを器に閉じ込めて、それがひとの形を成したとしたら、こうなるだろうか、と思った。

そのひとが、身の裡に闇を棲まわせたのは、病のせいか、それとも周りの口さがない者たちのせいか。

「梵天丸さま」
いつものように、敷居のところから、声を掛ける。
声を掛けられたほうも、いつものように、文机に向かい、振り返りもせずに、まっすぐな姿勢のままで、「つなもとか」と応える。
そのまま、どちらも、黙りこくってしまう。暫くの沈黙のあと、短く、溜息が聞こえた。
「つなもと。おまえは、なにをもとめてここへくる?」
「何を、とは」
「さげつがなにか、いったのか」
「父とは係わりなきことにて。綱元めは、ここへ職責で参っているわけではございません」
ふぅん、と、つまらなそうに返事をして、漸く部屋の主は、綱元を振り返る。
「ここへきても、なにもないぞ」
「梵天丸さまがおられます。綱元は、梵天丸様に会いにきておりますから、それで充分ではありませんか?」
「きとくなやつだな」
そう言って、また、ぷいと背を向けてしまう。その背に向けて、また、ことばを紡ぐ。
「梵天丸さまは、何か、欲しいものがあるのですか」
「こちらのきいたことを、そのままかえすやつがあるか」
「これは、失礼を致しました」
もとより、返事など求めてはいない。ただ、・・・
ただ、このひとに会うために、このひととことばを交わすために、ただそれだけのために、通っているのだ。
それは、決して返ってこない、ただ自分だけの、一方的な感情。
「ほしいもの、か・・・」
くすくす、と、笑う声がした。返事など返ってこないと思っていた綱元は、少し驚いて、彼の背中を見詰める。笑っているからか、少し肩が揺れている。
「そうだな、この、いのちを、たってくれるもの、なら、ほしいな」
「梵天丸さま、・・・」
「つなもと、おまえに、それが、できるか?」
肩は揺れているが、もう、笑い声は聞こえない。抑えた呼吸だけが、綱元の耳に届く。泣いているのだ、と気付いた。
「出来ません。・・・梵天丸さまに、生きていていただきたい、というのが、綱元めの希みですから」
敷居を超えて、そちらへ行って抱きしめたいのに、たったひとつの、ささやかな境界から、綱元はそちらへ入って行けない。
こちら側から、その背に向けて、真摯に、伝える。
「俺の、すべてをかけて、・・・かならず、貴方が欲しいと思えるものを、見つけて御覧にいれます」
言って、綱元は視線を敷居に落とした。
涙を拭う気配がして、ゆっくりと、彼は振り返り、・・・驚いたような、困ったような、顔をして、そして、目を伏せた。
「おまえは、・・・かわりもの、だな」
彼との間にある、この、境界線。俺は、ここから、入っていけない。
それは、多分、彼がそれを望んでいないから。彼のことを、彼の周りの状況を、知りすぎているから。
俺は、ここから、入っていけない。
綱元はくちびるを噛んで、境界線を睨みつけるしか、出来なかった。


**********************
あいうえお終了!なんかナガノ設定の伊達主従+綱元+成実のバックグラウンドを説明した感じになっちゃいました。
そして書き終わってから気付いたけど、いちばんこの中でやばいのは綱元じゃないかとw
生まれたての赤ん坊に一目惚れしてちゃまずいと思う・・・(え??
(20091018/ナガノ)

※ブラウザを閉じてお戻りください。